私は機材に執着しすぎないタイプなのですが、
忘れることができないほど、心に残っているカメラがあります。

“R-D1s”
2004年にセイコーエプソンから発売された、世界初のレンジファインダー式デジタルカメラ「R-D1」。
私が手にしたものは、R-D1の改良機として2006年にリリースされた「R-D1s」。
VoigtlanderのBESSA R2のようなルックス、被写体の大きさが肉眼で見たときと変わらない完全等倍ファインダー、針式のインジケーター、そして何よりもデジタルカメラなのに巻き上げレバーがついており、巻き上げないと撮影できないという、一生忘れられないインパクトを受けたカメラです。
マウントはEMマウントというM型互換マウントで、LeicaやVoigtlanderのレンズがそのまま装着できる、どこをとっても至極のカメラでした。

このカメラに出会えたきっかけは、伊藤大輔さんという尊敬するフォトグラファー。
Leica、GRへの愛が尋常じゃない方で、いつも優しい笑顔の素敵な方。
当時、レンジファインダーなど触れたこともない私に、ふとしたタイミングで「これ使う?」と、そっと差し出してくれたカメラがR-D1sでした。
貧乏暇なし状態の僕でしたが、後先考えずに即決で譲っていただいたことは本当に正しい決断だったと思います。

レンズは秘密にしておきますが、VESSAルックのAPS-CサイズCCDセンサーですので、クラシカルなシングルコートという事でご想像くださいませ。

この後、R-D1sと共にネパール、インド、タイ、カンボジア、中国、オーストラリアを旅するのですが、この時代にR-D1sで撮影した写真たちが、今でも褪せることなく、輝いていると感じています。
そして、伊藤さんとの出会いがなければ、私がGRやLeicaと出会うことはなかったと思います。
オートフォーカス戦国時代に、撮った写真の細部確認ができないくらい低性能な液晶モニターの着いたマニュアルフォーカスのカメラを進めてくれたのは、CDの時代にレコードを教えてくれたような、そんな温かみと優しさに溢れていました。

たしか2011年頃は、Instagramもまだ非商業的で、交換絵日記のような時代。
リアルな繋がりの方々の日常を見たり、投稿を見ていて同じ匂いを感じる世界中の人々に勇気を出してコメントして繋がったり。
Instagramで繋がりができた後、カリフォルニアに行った際にサンディエゴのInstagramフレンドと現地で会えたときはすごく嬉しかったし、メキシコのInstagramフレンドは偶然マガジンの編集者で、メキシコのマガジンに私の作品を掲載してくれたことは忘れられない思い出です。
別れ際に、「デジタルフレンドからリアルフレンドになったね」と、そっと言われたことが本当に心に響きました。
どれだけ時間が経過しても、彼らの名前を見るたびに、ピュアな気持ちでInstagramを利用できていた時代の温かい時間の記憶が一瞬でよみがえります。

音や香りのように、ふとしたスイッチで、あの頃を思い出す。
日常や旅の思い出、人生の出来事、人の数だけエピソードがあると思います。
私にとってのR-D1sは、私の2010年代の記憶を一瞬で引き出してくれる、そんなカメラです。

デジタルカメラは精密機械である以上、記録カード、電池、充電器、センサーなどの生産・サポートが終了し、撮影機器としての役割を終える日がやってきます。
私もR-D1sと、パートナーとしての関係は続けられなくなってしまいました。
それでもR-D1sとともに過ごし、一緒に撮影した「写真」という財産は、今でも変わらず僕をサポートしてくれています。
1995年の「写ルンです」のミスショットから始まり、2026年。
進化の隣に温故知新があることを大切に、一歩一歩、歩んでいきたいと思います。
